街撮り画像掲示板

街撮りの人権問題の考察 - 通りすがり
2012/07/06 (Fri) 05:30:40
写真(画像)を撮る。これは日本国憲法上保障されている憲法21条「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」と表記されているいわゆる『表現の自由』の一つである。

他方、被写体となる風景、動物達、我が家の子供、孫達、街行く女子高生、この区分は法律上は、その被写体が物(ブツ、と読む)か人(ジン、と読む)によって扱いがことなる。

なぜなら人には、出生によって享受する人権があるのに対して、物には、物権などない(民法上の物権も人権である)。微妙な例として、動物には動物愛護法があるが今回は略する。

つまり街撮りの被写体が人の場合には、画像に収まる被写体たる人には当然人権があるわけだ。俗にプライバシーの権利というやつである。

このプライバシーの権利は、憲法上明文の規定を持たない。それじゃあ明文たる表現の自由に勝てるわかねぇ!と江戸っ子のあなたも、早合点はちょっと待ってほしい。

日本国憲法には13条という条文がある。

「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」

何処もかしこも漢字とひらがなでプライバシーどころかカタカナさえでてこねえじゃねえか!

いやいや、もうしばらく聞いてほしい。

憲法上保障された人権と、戦後しばらくして主張され始めた人権と、いったいどっちが強いんだ!?

この議論は、大学の法学部に多種多様な学説を花咲かせ、百花繚乱の日々が続いた。

この問題に最高裁判所が判決という形でケリをつけているのだ。そう、君が生まれる何十年も前にだ。

その判決のなかの後世に引き継がれた部分は「判例」と呼ばれ、事実上の法源として今日の日本に確固たる影響力を有しているのだ。

気になるその結論だが、ケースバイケースということだ。

つまり比較衡量して決める。裁判においては、表現の自由が重いときは表現の自由を勝たせ、プライバシーの権利が重いときはプライバシーの権利を勝たせる。

参考までにじゃが、写真(画像)を撮る相手の許可さえ得ないまま、被写体となった人々の画像を無断でインターネットに掲載すると裁判沙汰になるケースもあるんじゃ。

携帯にも(最近は、スマホというのかえ)カメラが付き、画像いえいえ映像ですよ、チューチューブとかいうのも流行っているそうな。いやー時代は変わった。

だが、変わらないのは相手の迷惑になるようなことはしないという戦前から続く大日本国の道徳律じゃ。恥、恥を知ってこそ日本人、新渡戸稲造先生はよく言っておられた。
http://h18kin.com/cosplay/